STATEMENT
現代の情報社会の反映と、物質世界と人類の関係をテーマに、未使用の半導体を無作為に粉砕し得られた破片で作品を制作している。
半導体は、現代の情報社会において必要不可欠で、時代を象徴するプロダクトである。
情報やデータの処理、制御や記憶など様々な用途で人類を支えている半導体であるが、それを粉砕した破片を作品に大量に使用することで、一つ一つの破片を不完全な情報やデータと見立て、現代の情報過多や情報の不完全さ、表面性を表現し、時代の反映を試みている。
また、半導体はスマホやPC、家電などほぼ全ての電子機器に組み込まれており、半導体がなければSNSはもちろん電車も動かず、ATMからお金を下ろすこともできない。通信などの社会インフラや、AIの発達など最新技術も言うまでもない。
科学技術の発展に伴って生活が便利になっていくことは、人類の繁栄にとって非常に重要であるが、美術もまた、それと同じくらい重要な営みだと考えている。
時代の変化に伴い、既存の概念を覆し続けて美術史は形作られてきた。
この行為も、利便性の追求に匹敵するほど人間の真骨頂といえる活動ではないだろうか。
(特に日本ではこれが正しく理解されておらず、軽視されていると感じる。)
技術が発達した現代において、人類はテクノロジーや利便性、効率性が最優先で、我々のほとんどがそれを享受するだけで何気なく生活している。
身近なところではSNSやショート動画の台頭、対話型AIの発達など、主体的に思考する機会が減少しているのではないだろうか。
半導体は、利便性や効率性の追求、テクノロジーの象徴である。
その半導体を未使用のまま粉砕することで機能を完全に奪い、作品として価値の変換を試みている。
それにより、思考の機会が減少している現代において、思考を促すという美術の役割を改めて提示したい。
作品は半導体の破片を支持体に大量に並べ、樹脂で固めている。
支持体を黒く塗ることで、樹脂の反射で鑑賞者を含む世界が映し出され、半導体に囲まれその恩恵を受けている我々の我々の時代性を演出している。
半導体を素材として利用することにはもうひとつの理由がある。
半導体は、量子力学という原子や分子などのミクロの世界の物理学によって理解され発展してきた歴史がある。
量子力学は、現代物理学の基礎となる最も重要な理論で、化学をはじめとし生物学や医療、科学技術に広く用いられており、半導体もそのひとつである。
つまり、この量子力学について最も身近で人類への影響が大きいもののひとつが半導体なのである。
量子力学はあらゆる分野で利用されているにもかかわらず、ミクロの世界で発現する数々の現象は我々の直感に反しており、非常に奇妙である。
量子力学の誕生から約100年を経た現在においても、その解釈は課題として残されたままであり、哲学的な問題として様々な議論が行われている。
私は高校時代に量子力学に興味を持ち、大学でその理論を専攻し学んだ。このことが作品の原点となっている。
物理学者を含め、誰一人理解していないが使い方だけは分かっている、という奇妙な量子力学によって発展してきた半導体は、人智の結晶であると同時に、人智を超えたものという相反する要素を含む。
これを起点に、物質世界と人間の関係、宇宙への憧憬や畏怖、人間など歯牙にもかけず圧倒的に存在する世界のようなものを客観的に表現したい。
半導体を破片や粉塵に粉砕することは、人工物を物質に戻すような作業で、人工物も物質でできているということを強調するとともに、世界が物質でできているという価値観のもと行われる行為である。
この行為の痕跡と、自身のバックグラウンドを活かした物理学の観点から、鑑賞者の世界の見え方が変わるような体験を提供したい。
量子力学も含め、基礎科学は本来テクノロジーのためではなく、真理の探究を目的とする科学である。
科学技術や利便性、利益の追求も重要ではあるが、純粋な知的好奇心で概念をアップデートするということの豊かさは、基礎科学も美術も同じであると考えている。